240年目の古事記伝 第四回 天地初発 -天地開闢とは異なる世界創造譚-

 イザナミイザナギの国生みは『古事記』の日本創生譚として知られていますが、世界の始まりはどう書かれているのでしょうか。

 有名な「天地開闢(かいびゃく)」は『日本書紀』の世界始まりの描写で、『古事記』本文には「天地開闢」の記述は出てきません。

 『日本書紀』の先入観を外して、素直に『古事記』の本文を読んでいったとき、そこにはどのような世界の始まりがあらわれてくるのでしょうか。

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240年目の古事記伝 第三回 233文字のプロローグ

古事記』の世界観は、僅か233文字の漢字で書き表されています。簡潔だからと言って俳句のように読み手のイマジネーションを喚起するような書き方がなされているわけではありません。簡潔を極めたその文体は、むしろ文学的な読解を受け付けません。

 明確に構造化されたその記述は、その構造を読むことでしか内容に迫ることができないように思います。

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240年目の古事記伝 第二回 ロジックで読む古事記

 『古事記』は長らく国文学の文脈上で研究されてきました。そのことは『古事記』の世界を身近にしてきましたが、一方で『日本書紀』との区別を曖昧にし、『古事記』独自の世界観の存在から人々の目を離させてしまいました。

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240年目の古事記伝 第一回 私家版古事記伝

 インターネットや人工知能など最先端の技術は西欧的な知性と不可分で世界を席巻しています。一方、中国は巨大な市場と労働力という物量でマーケットという世界地図を塗り替えようとしています。その狭間で日本は世界に発信できるようなグランド・デザインを描けずにズルズルと足場を後退させているように見えます。

 欧米も中国も近代の次の時代を用意しようとしています。折しも今年は明治150年。西欧近代を接ぎ木して繁栄してきた近代日本ですが、近代の次の時代も接ぎ木で対応しようとしても、接ぎ木の接ぎ木では更なる繁栄はおぼつきません。老木に新しい芽吹きの可能性はあるのか。初心に返り、西欧の近代を日本の土壌で追体験することで、日本らしい次の時代を考えたい。

 ひとつの試みとして、カルヴァンが行った『聖書』読解の革新を、テキストを『古事記』に変えたら何があらわれるのか、宗教の枠組みではなく純粋に読解の問題として、西欧のパラレルワールド=日本で近代を追体験することはできるか、チャレンジしてみたいと思います。

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テイストがアメリカン・ニューシネマだった『LOGAN ローガン』

 テイストがアメリカン・ニューシネマな感じで驚いた。今のアメリカはベトナム戦争敗北時と似た精神状況に置かれているのだろうか。


映画「LOGAN/ローガン」インターナショナル版予告(字幕版)

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『君の名は。』は思想したか

 ボーイ・ミーツ・ガールものとしては楽しい。だが、エヴァマトリックスキリスト教をギミックとして使いこなしたように神社の設定を活かせていたら、もっと傑作になったのに。


「君の名は。」予告

以下、ネタバレあり。

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