日本は成功しすぎたEUである(映画と思想のつれづれ)

明治の国会には藩の数ほどの通訳が当初いたそうです。律令制の昔から明治までの日本は連合国家みたいなもんだったんだなあ。

MBA4.0

とある米国在住の大学教授から何年か前にボストンで聞いた話。そろそろ忘れそうなので、備忘禄的に書いてみる。

 

ハーバード大学MBAコースでの教授間のイニシアチブの歴史というのを聞いた。雑談の中での一つのトピックだったのでどれくらい正確なのかはわからないが、勢いのある一筆書きみたいな話で興味深かった。

 

 

初期のMBAつまりMBA1.0の時代にイニシアチブを持ってたのは、STP戦略や4Pなどマーケティングマネジメントの先生たち。STPとは、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングのことで、4Pは商品ラインナップ戦略(Products)、価格戦略(Pricing)、販売チャネル戦略(Place)、プロモーション戦略(Promotion)のこと。今でも日本でMBAといえば、そういう勉強があたまに浮かぶ人も多いんじゃないかな。コトラー門下生みたいな。

 

次がMBA2.0の時代。1991年の冷戦終結以降、予算の大きかった軍事系の研究職からあぶれた数理工学者たちが大量にMBAに入ってきて、イニシアチブがそっちに移る。ミサイルの弾道計算とかを生かして金融工学が生まれたってのは俗説じゃなかったみたい。確かに、ミサイルをピンポイントで着弾させるには当日の気象条件や通過点の大気密度とか地域で微妙に違う重力だとかを考慮にいれなきゃならなさそうだし、それって株価や何やら色んな着地予想とかにも使えそう、って素人考えでも思ってしまう。微分方程式とか多変量解析とかを入口とした数式の魔宮(イメージです)。

 で、ここまでは、なんとなくどこかで聞いたような話。へえ〜と思ったのはその次から。

 

MBA2.0は2008年のリーマンショックで終わりを告げます。次がMBA3.0の時代。その萌芽は、2001年に始まります。

ハーバードでは、2001年の911以降、意識して人類学者を集めたんだそうです。イスラムの人たちは何を考えてるんだろうという問題意識が端緒で。ただその時に集められたのはイスラム圏の研究者にとどまらなかったそうで、そうした政治や宗教への人類学の知見が、ビジネス方面にも流入していったそうです。もともと英国では、植民地統治に人類学が応用されていた歴史がありますから(現地の人が嫌悪することを避け、高い価値と見なすことがらを見抜き、そうふるまうことで居抜きで君臨するすべとかを修めるそうです)、多国籍に展開する企業のマネージメントに親和性が高かったんだと思います。で、人類学者はゲームのプレイヤーよりそのゲームを成り立たせている原理を探求します。911でマーケットも根本的に動揺していますから、ハーバードMBAヘゲモニーもその「根本」を探求しコントロールしようとする志向を持った学者たちに移ったんでしょうね。

大英帝国時代の人類学と違うのは、1990年代後半からオブジェクト指向がプログラミングの世界でも主流になり出していて、構造主義オブジェクト指向と出会っていること(*)。マーケットの制度設計を情報科学時代の新しい人類学の知見でやろうってことが注目されたんだそうです(「マーケットデザイン」とかは、れっきとした経済学の一分野なので、ここは教授の主観が入っているのではーと思っています。いやもしかして「マーケットデザイン」の学問的発展には人類学の知見や問題意識が影響していると教授は考えていたのかもしれません。またはゲーム理論の応用が主体な制度設計は教授の興味の範囲外なのかも)。ビジネスにおいてはプレイヤーとしての競争からプラットフォームの競争への移行が研究されました。企業のいわば帝国主義化を推進したのがMBA3.0ということですね。

確かに、Googleの行動を見てみても、Urchinを買収してGoogle Analyticsを始めたのが2005年、Youtubeの買収が2006年、2007年がダブルクリックの買収って流れで、いずれも911以降の企業戦略です。プラットフォーム競争の先駆けかなーって動きのあとに垂直落下式リーマンショックで数学的MBAが玉座から降ろされてMBA3.0に完全に移行するんですね。

そういえば、Mathematicaを作ったウォルフラムが "a new kind of science" を出版して、世界が数学で記述される時代は終わった、これからはアルゴリズムが世界を記述するんだと宣言したのは、2002年で911の翌年でした(**)。アルゴリズム的世界観と21世紀初頭の人類学は同根だったのかもしれません。行動経済学やその頃流行った統計学のビジネス活用も、カオスな世の中になんらかの法則性を見いだしていこうという視点なのでMBA3.0っぽいですね。

 

さて、2010年からはMBA4.0に入っていく。

2010年といえばアラブの春ジャスミン革命があった年ですが、ビッグデータという言葉が世に出た年でもあります(The Economist誌が多くの特集記事を出したのが発端という説があります)。ビッグデータは、単に膨大なデータを集積して解析する行為のことだと考えているとその本質を見誤ります。ビッグデータには因果律がありません。もはやそれまでの原因-結果や構造分析などをすっとばした、入力が結果を規定する波動方程式的な世界です。でも因果律を捨てきったビジネスってどんな世界なんでしょうね。

考えてみれば、リベットの実験以来、デカルト的な自我や自己の決断に意味がなくなっており、神経経済学という、自由意思による商品選択というこれまでの常識的な購買行動の前提を否定した、脳波から経済行動を分析する学問も生まれているくらいですから、マクロの方もそうした世界観にあわせたものになっていったってことかも知れませんね。ビッグデータ(マクロ)と神経経済学(ミクロ)とが手を取り合ったMBA4.0。覇権企業の戦略は、どのようになっていくのでしょうか。

くだんの教授は、Abductionに注目しています。宇宙人による誘拐ではなく、因果律(Induction & Deduction)=MBA3.0までの方法論に対するAbductionです。演繹でも帰納でも無く真理をつかみとる方法論としてのAbduction。死ぬほど仮説を立ててみて最も有効な仮説を探し当てるための方法論としてはAbductionなんじゃないかとのことです。直感じゃないところがミソだそう。う〜む、ここでパースが来るかあ。プラグマティズムでグローバルにビジネスを回すのね。ってもう回ってるか。仮説検証の毎日だもんね。なんか整理が出来杉な感じでクラクラする。

そして教授曰く、Abductionの競争を勝ち抜くために、エリートには(教授はよくエリートという言葉を使います。ハーバードの話だからでしょうか)身体論が求められるのだそうです。五感を研ぎすまさないとこの競争には勝てないがゆえに。かのスティーブ・ジョブス氏もZEN(禅)の人でしたもんね。そういえば禅には確実な思考の方法論があるのをいま書いていて思い出しました(禅者の息子だった井筒俊彦が幼少期に親にやらされた半紙に書いた字を字と認識しないようにするトレーニングのエピソードが、たしか『マホメット』の文庫解説にありました)。

 

以上は、教授間のイニシアチブから見たMBAの歴史であって、カリキュラムの歴史ではないし、MBAの分野によって違いも大きそうですが、日本のMBAのバックボーンもこんな感じで進化してきているのでしょうか。教授は、「アメリカは、新しいパラダイムについて行けない教員たちの受け皿に日本の大学を活用するはずだから、正解探索型のMBA1.0・2.0的な古いグローバルビジネスの授業は、権威あるありがたいものとして英語で進められなくてはならないし、まだまだ流行り続けるはず。」なんて皮肉を言っていましたが、タイムマシン経営はともかく、タイムマシン経営学はごめんこうむりたいですね。

ただ、ビックデータ+AIの時代にAbductionの別の側面が立ち現れてくるような気が僕にはします。パースのAbductionでは隠れた因果律の探求の側面があったはずですが、そもそも因果律は人と人とのコミュニケーション以外に必要性があるのかという問いをビックデータ+AIが(例えば波動方程式をモデルにしたマーケティングを契機として)投げかけてくるような気がするのです。もしそうならそれは経営のみならず社会的にも大変インパクトのある問いとなるはずです。

今は2015年のラスト100日を切っています。私にはもうそれを確かめるすべはありませんが、ハーバードの教授たちの間では、ひょっとしてMBA6.0あたりの主導権争いが始まっているかも知れません。ま、いずれにせよ出羽のカミな話しなので、日本発の経営学が世界を席巻して行く未来を期待します。

 

*註:構造主義オブジェクト指向とは次元が違う話しなんじゃないでしょうかと教授に尋ねたところ、それは日本語で考えているからで、英語ではシームレスと返されました。そう言われるとそのような気もしてきましたが、腹までは落とせずに今日に至っています。^^;

**註:全体的に備忘禄という言葉に甘えて、細部の甘い今回の記事ですが、特にこの一文は甘いかもしれません。というのも私が、"a new kind of science" を読んでおらず、当時その本の刊行を紹介した記事を記憶しているに過ぎないからです(恥)。当の記事は確かnewsweekだったと記憶していましたが、そちらはみつからなかったものの当時の類似の記事がネット上にあったので以下に貼っておきます。また、数学とアルゴリズムとの関係については最近出た『「P≠NP」問題』(野崎昭弘、講談社ブルーバックス)がとても分かりやすいと思います(こっちは読んでます…が、肝心の問題の方はまだ何となくしか理解出来ていない^^;)。

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