日本は成功しすぎたEUである(映画と思想のつれづれ)

明治の国会には藩の数ほどの通訳が当初いたそうです。律令制の昔から明治までの日本は連合国家みたいなもんだったんだなあ。

240年目の古事記伝 第二十二回 雌雄はあまねく(神世七代論⑦意冨斗能地神・大斗乃弁神論)

 神世七代の後五代の各論の三回目です。神世七代については、神世七代を全体として捉え、その文脈の中に個々の神々を解釈しようという態度が取られますが、おおきく3つの対立する学説にわかれ、それぞれに一長一短有り、決定打がありません。そこで、本稿では、神世七代を考察する文脈を『古事記』冒頭部分からの文脈に拡大し、とらわれずにそれぞれの神々を見ていくことで、既存の学説を乗り越えようと試みます。

 

 今回は、⑤の意冨斗能地神(おほとのぢの神)と大斗乃弁神(おほとのべの神)です。

※以下は、稿者独自の解釈を含んでいます。鵜呑みにせず、批判的にお読みください。今回は、ほとんど独自解釈部分ですが、根拠を示し、一方的な独自解釈の主張はしておりませんので、安心してお読みいただけます。また、稿者の解釈を採用いただける場合は、その旨ご明示いただけると幸いです。

 

■あまねく雌雄あるもの

 平田篤胤以来、⑤の意冨斗能地神(おほとのぢの神)と大斗乃弁神(おほとのべの神)は、それぞれヒトの男性器と女性器とを象徴する神々であると考えられてきました。オホトのト(斗)はミトノマグハイのトすなわち性器であり、ヂはチチ(父)に見られる男性を意味するチが転じたもの、ベはハハ(母)に見られる女性を意味するハもしくはメ(女)が転じたもので女を指すというのが定説のようです。

 『古事記』では、環境が先に用意され、その後にその環境に住むものが現れるという構成を取っています。天地初発のあとに神が誕生しますし、イザナギイザナミの国生みのあとにその国に住まう神々が誕生します。

 このような『古事記』の構成を考えれば、④の角杙神(つのぐひの神)と活杙神(いくぐひの神)によって食料採取空間が誕生した次の代は、その食料採取空間に生きる動植物であるだろうことが予測されます。

 ③④の文脈から考えれば、意冨斗能地(おほとのぢ)と大斗乃弁(おほとのべ)は、ヒトの性器の象徴ではなく、雌雄のある魚類鳥獣、さらには雄花雌花、雄しべ雌しべのある食料採取用の草木を表象するものと考えられます。

 この⑤の一代は、漁労/狩猟および耕作地空間が誕生した先代を受けて、そこに漁労/狩猟され耕作されるべき生命が誕生することを象徴しているのではないでしょうか。

 

■書き分けへの疑問

 ところで、この二神は、「オホトノ」という読みを、なぜ意冨斗能(おほとの)と大斗乃弁神(おほとの)と書き分けたのでしょうか。

 「オホトノ」は、ト=斗のみ同じ漢字で、「オホ」と「ノ」は書き分けられています。

 これまでに登場したバリエーションのある神々は、全部で4つあります。

 (あ)「高御」/「神」+「産巣日神(むすひの神)」

 (い)「天之」/「国之」+「常立神(とこたちの神)」

 (う)「宇」/「須」+「比地(比智)迩神(ひぢ(ひち)にの神」

 (え)「角」/「活」+「杙神(ぐひの神)」

 これらはすべて「修飾語句」+「核となる神名」という構造になっており、4例中3例(あ、い、え)では、「核となる神名」は同じ漢字があてられています。

 例外となる(う)のみ、「核となる神名」部分も、「比地迩神」「比智迩神」と別の漢字で表記されていますが、これは発音違い(ひぢ/ひち)を書き分けるためと思われます。

 以上のルールに従えば、意冨斗能地神(おほとのぢの神)と大斗乃弁神(おほとのべの神)は、「核となる神名」の無い組の神ということになります。

 (お)「意冨斗能」+「地神(ぢの神)」/「弁神(べの神)」あるいは、

 (お)「大斗乃」+「地神(ぢの神)」/「弁神(べの神)」

とならなかったのは、「斗の神」が「核となる神名」であることを示すためであった可能性があるかもしれません。

 当時の有力氏族にオオ氏があり、その表記は、「多」「太」「大」「意富」「飯富」「於保」として定まっていませんでした。もしかして、たまたま当時のオオ氏一族のうち、男性が有力な部族が「意冨氏」であり、女性が有力な部族が「大氏」の表記を用いていたのかもしれませんが、ここまでくると私の手には余ります。関連研究を待ちたいところです。

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