日本は成功しすぎたEUである(映画と思想のつれづれ)

明治の国会には藩の数ほどの通訳が当初いたそうです。律令制の昔から明治までの日本は連合国家みたいなもんだったんだなあ。

240年目の古事記伝 第二十回 共働の神々(神世七代論⑤宇比地迩神・須比智迩神論)

 前回までの考察で、神世七代の神々の解釈は、神世七代全体の文脈から捉える見方が主流であること、有力な学説がおおまかに3つあり、そのそれぞれが他説への排他的な優位性を主張していることを見てきました。それぞれの主張には一長一短あり、優劣は決めがたいものとなっています。

 そこで、これらの神々を捉える視野を、神世七代から古事記冒頭部分全体に拡大して、とらわれない見方で『古事記』の文脈を踏まえながら読んでいくとどうなるかという試みをしていきます。

 まずは、③の宇比地迩神(うひぢにの神)と須比智迩神(すひちにの神)についてです。

※本稿は、稿者独自の解釈を含んでいます。鵜呑みにせず、批判的にお読みください。今回は、ほとんど独自解釈部分ですが、根拠を示し、一方的な独自解釈の主張はしておりませんので、安心してお読みいただけます。また、稿者の解釈を採用いただける場合は、その旨ご明示いただけると幸いです。

 

■良き土の神

 神世七代の後五代は、一対の男女神が一代を成します。その最初は、③の宇比地迩神(うひぢにの神)と須比智迩神(すひちにの神)です。

 『日本書紀』に、「泥土煮尊、泥土は此れ于毘尼(ウヒジニ)と云う。沙土煮尊、沙土は此れ須毘尼(スヒジニ)と云う。」とあることから、宇比地迩(うひぢに)と須比智迩(すひちに)も、泥土煮尊(ウヒヂニ)・沙土煮尊(スヒチニ)の音声表記だというのが定説です。宇比地迩神(うひぢにの神)は泥土(ウヒジ)の神、須比智迩神(すひちにの神)は沙土(スヒジ)の神ということで間違いないと思います。

 これまでにご紹介した説A〜Cでは、宇比地迩神(うひぢにの神)を泥あるいは泥の粒子の象徴、須比智迩神(すひちにの神)を砂あるいは砂の粒子の象徴した神であると解釈しています。しかし、それでは泥の神、沙(砂)の神であって、泥土(ウヒジ)の神と沙土(スヒジ)の神にはなっていません。

 宇比地迩神(うひぢにの神)と須比智迩神(すひちにの神)は、神名に素直に、泥土と砂土という異なる二種類の土の神であると解釈すべきだと思います。

 そして 、宇比地迩神(うひぢにの神)と須比智迩神(すひちにの神)は、独神(ひとりがみ)ではありません。「比較することにより意味があきらかになる神々」なのです。それは、泥と砂との比較ではなく、泥土と砂土との比較でなければ『古事記』の原文から逸脱してしまうのです。

  農家に生まれた人ならピンとくると思いますが、泥土は田の土、砂土は畑の土を思い起こさせます。

 縄文時代の晩期には、既に区画整理された水田耕作や*1、畑作が行われていました*2

 田や畑は継続して耕作されるので、それ以外の土地の土とは異質の土となっていきます。宇比地迩神(うひぢにの神)・須比智迩神(すひちにの神)は、こうした一般の土地の土とは異なる農作物の生産のための土を表象する神々なのではないでしょうか。

 

■二項対立の否定

 泥となる土は水はけの悪い土です。逆に砂土は水はけが良すぎる土です。水はけの良すぎる土は肥料となる成分も流れやすいため、一般の畑作には、泥土と砂土の中間の性質を持った土が、最も適しています。

 そのため、砂質の強い土地では粘土質の土を投入し、粘土質の強い土地には砂を投入するといったことが行われます。

 弥生時代には鍬などの鉄製の農具が使われ出していますから、『古事記』が編纂された時代には、こうした簡単な土壌改良は既に一般的に行われていた可能性があります。またそうでなかったとしても、泥土と砂土の混淆した土が農耕には適しているという知見はその時代の農業従事者の間でも一般的だったと思われます。

 宇比地迩神(うひぢにの神)と須比智迩神(すひちにの神)との関係は、単純な二項対立ではなく、共働関係として捉えることが可能です。

 そして、神世七代の後五代の対となる二神の関係は、すべて互いに役割(性質・機能)が異なっているがゆえに対になっており、かつその関係は、補完関係であることを超えて、共働することにより、新たで有用な存在を生み出す関係になっています。

 神世七代の双(たぐ)へる十神は、セットであることに着目した対偶神や、ペアであることに着目した男女神という分類名を超えて、共働神と呼ぶべき存在になっているのではないでしょうか。

 

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稿者実家近くの田園風景

 

 

 

 

*1:【歴史のささやき】最終日、執念が掘り当てた最古の水田 佐賀 - 産経ニュース

*2:クリナラ遺跡(福岡県)などで畑の畝が確認されています