『機動戦士ΖガンダムIII 星の鼓動は愛』は、富野氏による神殺しか
もう10年以上前にシネスケに書いた映画評に、ありがたいことに最近お気に入り投票*1が入りました。
Amazonプライムユーザーなら映画版もTV版も無料で見られるみたいなので、新たに脚注を付けてお蔵出ししてみます。
劇場公開前に予習としてファースト信者の家内とTV版を見直し(バカですみません)、TV版と映画とを見比べての映画評になってます。TV版のネタバレにはなってないので、これからTV版を見ようという方にも差し支えない内容かと思います(映画版のネタバレにはなってます)。
映画『機動戦士ZガンダムIII A New Translation 星の鼓動は愛』予告
---お蔵出しココから---
レコア少尉の名セリフ「また行き遅れか。」(第34話「宇宙が呼ぶ声」より)この一言をカットしたことにより、確かに本作はTV版とはまったく異なった作品になった。しかし、それは一種の神殺しであったと僕は思う。
TV版ではレコア少尉は冒頭のセリフを口走ったあと出撃し敵に寝返ってしまう。そしてそのことこそZガンダムを解く鍵なのだ、と僕は悟った(誤解かもしれないけれど)。
普通なら「出遅れ」と言うべきところ、何故「行き遅れ」なのか。
最近の若い人にはピンとこないかもしれないが、この「行き遅れ」は「嫁に」行き遅れたことを指すに違いない。TV版Zガンダムが放映されたのは1985年から1986年にかけてである。この頃のはやり言葉のひとつに「クリスマスケーキ」というのがあった。クリスマスケーキとは(当時常識とされた)結婚適齢期を指す。24日(歳)が最高値で、25日(歳)でもまだ間に合う。26、27なら言い訳がいる。30過ぎたら見向きもされない、という今では考えられない「常識」に世の三十路前の乙女達は翻弄されていた*2。
レコアさんが「行き遅れ」を口にした直後に野性味溢れるヤザンのもとに身体を投げ出したとき、私のあたまは20年前にタイムシフトした。解けた、と思った。設定ではレコア女史は23才のはずである。彼女に限らずガンダムの登場人物はおしなべて設定より5歳は年上に見える。シャア(クワトロ・バジーナ)しかりブライトしかりだ。しかし、レコア女史が行き遅れを口にしたということは、プラス5歳で考えてよいという富野さんのメッセージだ。そうに違いない!
そうか、宇宙空間は人間にとって生きるのに過酷な空間である。生物として生殖に適した年齢が早まったとして何の不思議もない。そう考えると、カミーユがせっかくのニュータイプの能力をおねえちゃんさがしにばかり使っているのも納得がいく。ニュータイプとは生物としての人類が子孫繁栄のために新たに獲得した能力だったのだ!
などとまあ、またもトンでもな勝手な解釈をして、レコアさんが当初ヤザンに惹かれたのにあとからシロッコになびいたのは、クワトロとブライトが必要以上に男の友情で結ばれていて男っ気が足りなかったのでその反動としてほとんど欲求不満なまでに男くさいヤザンに反応したものの、シロッコにサディスティックな面を見て心の奥にマゾヒスティックな面を持つレコアさんは吸い寄せられたのだ、とかガンおたの妻と勝手に盛り上がっていたのでした。なるほど富野さんは、いろいろな愛を書きたかったのだな、これは「大人の」ガンダムだな、そう思っておりました。
それなのに。
映画版では、登場人物が皆、ノーマルに書き換えられてしまったではありませんか。文学から童話になってしまった。カミーユの成長箪なぞ、この歳で見たくもないわっ!!
思うにこれは富野氏による神殺しである。
真実の一端に触れるような作品は、往々にして極限状況で生まれる。極限状況では作家は理性を失い、一種神懸かり的なトランス状態で作品を生み出す。
しかし理性が勝る一部の作家は、こうして生まれた作品が一人歩きするのを嫌う。生まれてしまった作品を、もう一度完全に自分で管理した作品として理性で再構成したいと願うのである。
なぜなら、神懸かり的なトランス状態で生まれた作品は、それ自体が神としてふるまう、つまり勝手に独自の世界を作り上げてしまうからだ。 近代的な理性はキリスト教的価値観と表裏一体である。勝手に神が誕生してしまっては困るのだ。
だから己の作品を理性で総括しようとする作家は、例え本人がキリスト教とは無縁であっても、神殺しを行う。
例えば、その昔、細野晴臣は、散会後も信者を増やすYMOを自分の手で終わらせるために、散会の約10年後に再生し終結させた。再終結の動機を細野氏は「何年も前に散会したのに新たにYMO神社を作るという話しが持ち上がったので自分の手で終わらせたかった。」と語っている*3。
富野氏はZという神を殺した。そのことは愚かな行為だと考える。なぜなら、神は死なないからだ。古来、人と神との闘いで、人が勝ったためしはないのだ。
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