日本は成功しすぎたEUである(映画と思想のつれづれ)

明治の国会には藩の数ほどの通訳が当初いたそうです。律令制の昔から明治までの日本は連合国家みたいなもんだったんだなあ。

240年目の古事記伝 第三回『古事記』の天地は開闢(かいびゃく)しない(「天地初発」論①)

 イザナミイザナギの国生みは『古事記』の日本創生譚として知られていますが、世界の始まりはどう書かれているのでしょうか。

 有名な「天地開闢(かいびゃく)」は『日本書紀』の世界始まりの描写で、『古事記』本文には「天地開闢」の記述は出てきません。

 『日本書紀』の先入観を外して、素直に『古事記』の本文を読んでいったとき、そこにはどのような世界の始まりがあらわれてくるのでしょうか。

 

古事記』の世界創生の記述は簡潔

 『古事記』の第一文は、

①天地初発之時於高天原成神名天之御中主神 

 です。このままでは読みにくいので、書き下してみます。

①天地初発の時、高天原に成った神の名は天之御中主神

 私が知る限りすべての『古事記』の書き下し文では「天地初発」も書き下しているのですが、その書き下しには定説がない*1ので、今は「天地初発の時」としておきます。その方が「天地開闢」や聖書の「天地創造」の対立概念としても明確になります。ここで「今は」と書いたのは、別途あらためて「天地初発」の書き下しについて考察するからです。

 

では、「天地初発」を『日本書紀』の冒頭「天地開闢」の記述と比較してみましょう。

古天地未剖、陰陽不剖、渾沌如鶏子、溟涬而含牙。及其清陽者、薄靡而為天、重濁者、淹滞而為地、精妙之合摶易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。

 句読点については、岩波文庫日本書紀』などを参考にしました。

 書き下し文にしてみるとこうなります。

いにしえに天地いまだ剖(わか)れず、陰陽分かれざりしとき、まろかれたること鶏子の如くして、ほのかにして牙(きざし)を含めり。それ清(す)み陽(あきら)かなるものは、たなびきて天となり、重く濁れるものは、つづきて地と為るに及びて、精妙なるが合へるはむらがりやすく、重く濁れるが凝りたるはかたまり難し。故、天まず成りて地後に定まる。然して後に、神聖、其の中に生(あ)れます。

 『古事記』の書き出しに比べるとずいぶんと饒舌なのがわかります。『日本書紀』は全体を通して文体が大きく変わることがありませんから、むしろ『古事記』の冒頭文の特異さがわかるという方が正確かもしれません。 

 現代語訳にしてみます。

昔、天地がまだ別れず、陰陽も分かれていないとき、混沌として卵の中身のように固まっていなかったが、薄暗い中にきざしができていた。やがて清らかな陽気はたなびいて天となり、重く濁った陰の気は滞って地となった。つまり澄んであきらかなものはひとつにまとまりやすかったが、重く濁ったものが固まるのには時間がかかった。ゆえに、天がまずできて地があとからかたまった。しかるのちに神というものがその中から誕生した。

 おなじみの「天地開闢(かいびゃく)」です。陰陽思想そのものですね。

 天地が渾然一体となっていて、卵の中身のようにドロドロとしている状態の初期宇宙が、やがて天と地に別れていく。それゆえ、『日本書紀』の世界創世神話は「天地開闢」とよばれます。「開」も「闢」もひらくという意味です。

 

 

天地開闢は『日本書紀』オリジナルではない

 この「天地開闢」ですが、『日本書紀』オリジナルの発想ではありません。

 書き出しの「いにしえに天地いまだ別れず、陰陽分かれざりしとき」(古天地未剖、陰陽不剖)ですが、これは、漢籍淮南子』の「天地未剖、陰陽未判」を参考にしたものです。

 続く「まろかれたること鶏子のごとくして、ほのかにしてきざしを含めり」(渾沌如鶏子、溟涬而含牙)は、漢籍『三五暦紀』*2の「混沌状如鶏子、溟涬而含牙」を参考にしています。

 それに続く「それ清みあきらかなるものは、たなびきて天となり、重く濁れるものは、つついて地となるに及びて、くわしく妙へなるが合へるはむらがりやすく、重く濁れるが凝りたるはかたまり難し。故、天まず成りて地のちに定まる。」(及其清陽者、薄靡而為天、重濁者、淹滞而為地、精妙之合摶易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定)は、再び『淮南子』の「清陽者薄靡而為天、重濁者淹滞而為地、精妙之合専易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定」を参考にしています。

 『日本書紀』の記述と漢籍の記述を並べてみましょう。

日本書紀』 古天地未剖、陰陽不剖

淮南子』   天地未剖、陰陽未判

 

日本書紀』 渾沌如鶏子、溟涬而含牙

『三五暦紀』混沌状如鶏子、溟涬而含牙

 

日本書紀』及其清陽者薄靡而為天、重濁者淹滞而為地、精妙之合摶易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定

淮南子』   清陽者薄靡而為天、重濁者淹滞而為地、精妙之合専易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定

 こうしてみると、ほぼコピペであることが一目瞭然です。『日本書紀』オリジナルの表現は、上記に続く「しこうして後に、神聖、その中に生れます。」でやっと始まるのです。

 ただし、冒頭部分がまるきりのコピペだとしても、それが『日本書紀』の価値を貶めるものでもないと思います。『日本書紀』は中国を中心とする漢字文化圏で読まれることを目的として書かれている日本の正史ですから、それらの諸外国に読んでもらう内容とすることが必須条件です。

 外国から見て、冒頭いきなり自分たちが知っているのと全く異なった世界の成り立ちが書かれていたとしたら、日本はまともに交渉できる相手とは見なされなかったでしょう。冒頭のコピペは、中国を中心とした当時の漢字文化圏に属する海外諸国に対して、日本も同じ世界に成り立った国であることを記すことで、同じ土俵で交渉できる相手であることを訴える目的があったのだと思います。

 言ってみれば、『日本書紀』は外交の果実と引き換えに、自分たちの知る宇宙の始まりを記述することを放棄した書物なのです。

 我々日本人にとっては『日本書紀』の「天地開闢」は、読み飛ばすべき箇所だといえるかもしれません。冒頭部分は特に『日本書紀』と『古事記』とを明確に区別して読むべきだと思います。混ぜるなキケンです。

 

古事記』には無いカオス(混沌)が整理されるという世界観

 「天地開闢」は、天地が最初は一体だったという点がビッグバン理論と似ています。似ているといっても同じではありません。大きな違いは、宇宙が創られていく過程にあります。

 ビッグバン理論は、宇宙は極小の一点から始まりますが、『日本書紀』の最初の宇宙は、点ではなくカオス(混沌)です。ビッグバン理論による宇宙形成は拡大運動ですが、「天地開闢」は分離運動です。カオスの状態にあったものが、天と地として双方に開かれていくのが、『日本書紀』の宇宙創成のイメージです。

 このカオス(混沌)ですが、『古事記』には記述がありません。『古事記』の書き出しは「天地」です。つまり、「天地初発」では、最初から天と地とは別々に存在しているのです。『古事記』には、渾沌が整理されていくことで世界が成り立つという発想がないのです。

 『古事記』にはないカオスですが、『旧約聖書』の「天地創造」には記述があります。『旧約聖書』の「天地創造」では、神は最初に渾沌とした地を、次に天を創ったことになっています。

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」 神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。(新共同訳聖書「創世記」)

 天と地との関係性に注目すれば、『古事記』(「天地初発」)と『聖書』(「天地創造」)は対極にあり、その中間に『日本書紀』(「天地開闢」)が位置していると言えるかもしれません。

 

 

 

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

 
日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)

日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)

 
淮南子 上 新釈漢文大系 (54)

淮南子 上 新釈漢文大系 (54)

 
淮南子 中 新釈漢文大系 (55)

淮南子 中 新釈漢文大系 (55)

 
淮南子 下 新釈漢文大系 (62)

淮南子 下 新釈漢文大系 (62)

 

 

*1: 例えば岩波文庫版『古事記』では、「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時」としていますが、「発」をひらくと読むのは「天地開闢」を『古事記』に適用しようとするもので適切ではないという見方(※註:西宮一民『古事記』(1973,2000)など)があり、「あめつち初めて発(あらわ)れし時に」という訳も提唱されています(神野志隆光・山口佳紀『古事記注解〈2 上巻 その1〉』など)が、私はこの訳も問題があると思っています。問題の理由については別途記します。

*2:本文は散逸してしまっています。該当部分は『芸文類聚』の引用箇所から。