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大仏と原発

去年Facebookに書いたネタですが、Blogには書いていなかったのであらためて。


■大仏と原発は似ている
原発54基。このうち大飯原発3号機が7月1日に再稼働した(送電開始は7月5日)。私は去年、「大仏」と「原発」は似ていると感じ、秋にその感覚を確かめに奈良に旅行した。ついでに飛鳥の里にも寄り、この国のはじまりの形に思いを馳せた。「大仏」と「原発」は、ともに当時の最先端のテクノロジーで国家の繁栄を願って建造され、真逆の結果を招いてしまった点でそっくりだ、と思ったのである。


大仏が国家に災厄をもたらす結果となったことは、2004年5月7日の日経新聞文化欄の記事(水銀公害の原点は奈良大仏)で知った知識である。


「大仏」(奈良の大仏)は、天武天皇の曾孫にあたる聖武天皇が、飢饉が続き社会不安が覆う世の中の安定と発展を目的とし、西暦745年(天平17年)に建造が開始され、752年に完成した。戦後の荒廃からの復興を加速させる切り札としての「原発」と建造の動機はそっくりである。


建造当初の大仏は総金メッキの大建造物であった。奈良の大仏すなわち盧舎那仏大日如来のことであり、世界や宇宙そのものの表象である。「原発」すなわち原子力発電所は、世界や宇宙の根源である原子(素粒子は例えばクォークの命名が1963年だったように初期の原発の設計着手よりあとから一般的になった概念である)からエネルギーを取り出す装置であり、「大仏」と「原発」はその表象においても兄弟のようだ。


当時金ぴかだった奈良の大仏の金メッキは、アマルガム法によって行われたそうだ。アマルガム法とは、まず水銀と金との合金(アマルガム)を作り、この合金を大仏像の表面に塗って火で加熱することで水銀を蒸発させて金を表面にメッキする方法である。大仏の金メッキのために、金約9トン、水銀約50トンが用いられたのだそうだ。



■国土を毀損した「大仏」
日経に記事を寄せた白須賀公平氏によれば、大仏建造のために大量に蒸発させられた水銀が平城京を汚染し、平安京への遷都の原因となったのだという。


平城京奈良盆地に位置する。よく知られているように盆地の気候は夏暑く冬寒い。そのため、大仏に必要な大量の水銀を加熱蒸発させる作業は冬にしかできない。冬の奈良盆地では、北風が琵琶湖を渡って吹き付け、この北風が若草山に当たって東風に変わる。この東風は、蒸発した水銀を伴って平城京に流れ込み、平城京に住む人々は大量の無機水銀を吸入して水銀中毒に見舞われたはずだというのが、白須賀氏の主張である。傍証として若草山には今も樹が生えないのだそうだ。


結果、平城京は永久的な使用を目指して建設されたのにもかかわらず、752年の大仏完成からわずか32年後の784年に棄京され、暫定首都長岡京の時代が始まる。国家の安寧をはかるために建造された巨大建造物が、かえって国土を毀損する結果となった点で、「大仏」と「原発」は似ていると思うのである。


さて、国土を毀損した「大仏」は一体であったが、「原発」は54基もある。「大仏」が国土を毀損しても、仏教は廃れず、鎌倉時代には世界に誇る思想的展開をみせた日本仏教に、今後の原発政策が学べるとしたら、それは何だろうか。欠陥があからさまとなった軽水炉原発の即時全廃は言うまでもないが、原子力に全て目をつぶってしまうのではなく、むしろ軽水炉原発の廃止のテクノロジーと代替テクノロジーの開発に、これまで以上に力をかけていける環境作りが喫緊の課題なのではなかろうか。