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レアもの自慢2:『Muti Conducts 1812, Bolero, Les Preludes』

■脈絡のないアルバムなのに素晴らしい
ムーティー指揮による、ラヴェルボレロチャイコフスキーの序曲1812年とリストの前奏曲のカップリングアルバムである。この脈絡のない寄せ集めの(とあまりクラシック音楽に造詣の深くない私には思える)CDが、実にいいのである。


■トランスできる『ボレロ
まず一曲目の『ボレロ』が素晴らしい。聴いているうちにだんだん酩酊してきて思わずあっちの世界にいっちゃいそうである。カラヤンなんかのボレロだとどうしても導入部門水戸黄門(終わっちゃいましたね)のテーマに聞こえてきて、「じ〜んせい楽ありゃ苦もあるさ♪」なんて余計なお世話だよっ!と怒りたくなって演奏を聴くどころじゃなくなっちゃうんですが、このムーティの演奏は、一所懸命水戸黄門に聴こうとしても聴けません。まるで逆空耳アワー。で、いつのまにか曲の中に引きずり込まれ、トランスしてしまいます。もうボレロ聴くならこの演奏しかないでしょう、というくらいお気に入りの演奏です。えがちゃんの格好をしてバレエしたっていい。これはもう彼岸の音楽です。


■人生にひきもどされる『前奏曲
そして二曲目の『前奏曲』。なんてったってこの曲のテーマは「人生は死への前奏曲」ですよ。おお、不吉な。ボレロであっちの世界にいっちゃってたところ、無理矢理人生の艱難辛苦喜怒哀楽波瀾万丈にひきもどされます。そして普通にいい演奏です。で、この普通にいい演奏というところが、このアルバムのキモです。なんてったって前後の曲がいっちゃってますから。


■本物の大砲がぶっぱなされる『序曲1812年
ということで三曲目が『序曲1812年』です。1812年といえばナポレオンのロシア侵攻です。中学生でも知っている冬将軍ですね。この曲はチャイコフスキーが、母国ロシアの博覧会の式典のために作曲したもので、ナポレオン率いるフランス軍をロシア軍が返り討ちにしてめっためたにするというのがテーマです。五部構成で、第一部はロシア正教聖歌のありがたい旋律が織り交ぜられ、第三部ではフランス国歌のラ・マルセイエーズ、そして第五部ではロシア国歌の旋律が奏でられます。


このアルバム、なにをもってレアというかというと、この三曲目の序曲1812年の演奏に、本物の大砲が使われているんです。もちろん譜面に大砲という指定があるのですが、本物の大砲を使った演奏はそうめったに演奏できない。しかも軍楽隊ではなく、有名どころの演奏では特に。で、しかも凄くいいんですね、この演奏が。私は、ムーティーはなんというか大味な感じがしてあまり積極的には聴かない指揮者なのですが、このアルバムは違います。ムーティーならではの素晴らしさ爆発なんです。例えば、禿げ山の一夜なんて、ムーティが指揮すると大映映画の挿入曲みたいになっちゃって、これじゃあ魔女じゃなくでガメラだろうなんて感じで正直興ざめします(この曲のテーマは聖ヨハネ祭前夜に禿山で魔女だかなんだかが暴れまくるというものです)。ところが、この序曲1812年は、戦争がテーマです。着ぐるみの怪獣が火を吐いて暴れるどころの騒ぎではなく、ほんまもんの大砲がどっかんどっかん鳴るわけです。大砲を楽器として使いこなすなんてムーティじゃなきゃできません。ロシア人じゃなくてもめちゃめちゃ元気が出ること請け合いです。


■これは人生の応援アルバムだ
いや、先ほどこのアルバムの選曲を「脈絡のない寄せ集め」なんて書きましたけれども、実は深いメッセージがあるのかもしれないという気がしてきました。私がこのアルバムを聴くときは、たいてい猛烈に疲れたときなのですが、一曲目でストレスを忘れてトランスし、すっかり魔法にかかったところで、二曲目で人生を回想させられ死への覚悟をつきつけられたところで、三曲目で厳しい冬に最強の敵が攻めてきたところをどっかんどっかん返り討ちですよ。しかもロシア軍は常に過酷な環境下におかれていたからこそ、その過酷な冬将軍を見方につけて歴史的な勝利を収めたわけです。まさに人生の応援アルバム。ムーティ、めちゃめちゃいいやつなのかもしれませんね。


Riccardo Muti, The Philadelphia Orchestra - Muti Conducts "1812: Overture, Bolero, Les Preludes - Amazon.com Music