日本は成功しすぎたEUである(映画と思想のつれづれ)

明治の国会には藩の数ほどの通訳が当初いたそうです。律令制の昔から明治までの日本は連合国家みたいなもんだったんだなあ。

私家版古事記伝

240年目の古事記伝 第十六回 一次元から二次元へ(豊雲野神論)

神々に視座を置いた神々だけの世界である「別天つ神」の世界は、天之常立神(あめのとこたちの神)で終わり、その鏡像としてヒトに視座を置いた神々だけの世界である「神世七代」の世界が、国之常立神(くにのとこたちの神)から始まりました。 その二代めと…

240年目の古事記伝 第十五回 視座の移行(常立神論④)

天之常立神(あめのとこたちの神)は別天つ神の世界を閉じ、国之常立神(くにのとこたちの神)は神代七代の世界を開きました。 これら二神は鏡像関係にある境界の神であり、そのことは、高天原に天と国の二つの世界(別天つ神の世界と神世七代の世界)がある…

240年目の古事記伝 第十四回 高天原の二つの世界(常立神論③)

常立神(とこたちの神)には、産巣日神(むすひの神)同様、バリエーションが存在します。ところが、常立神(とこたちの神)のバリエーションは、産巣日神(むすひの神)とは違い、バリエーションの違いは、能力や形態の違いになりません。 天之常立神(あめ…

240年目の古事記伝 第十三回 バリエーションのある神々(常立神論②)

別天つ神(ことあまつかみ)のラストを飾る神は、天之常立神(あめのとこたちの神)です。これは、見方を変えれば、 天之常立神(あめのとこたちの神)の誕生によって別天つ神(ことあまつかみ)の世界に終止符が打たれたのだと解釈することができます。

240年目の古事記伝 第十二回 並び立つ巨神(常立神論①)

宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじの神)に続いて、高天原に誕生するのは天之常立神(あめのとこたちの神)です。そしてその次に誕生するのが国之常立神(くにのとこたちの神)です。この二神は、ともに常立神(とこたちの神)ですが、独神(ひ…

240年目の古事記伝 第十一回 肉体を持たないジェンダー(宇摩志阿斯訶備比古遅神論②)

天地初発の時に天之御中主神(あめのみなかぬしの神)、高御産巣日神(たかみむすひの神)、神産巣日神(かみむすひの神)の三神が誕生したのち、まだ水に覆われた状態である地を、やがて生まれくる神々が住まう場所にしようという動きがはじまります。 そん…

240年目の古事記伝 第十回 時間は天に属さない(宇摩志阿斯訶備比古遅神論①)

天地初発のとき、高天原に、天之御中主神(あめのみなかぬしの神)、高御産巣日神(たかみむすひの神)、神産巣日神(かみむすひの神)が次に次にと誕生します。ここまでが、『古事記』冒頭233文字の一段落目*1です。 二段落目からは、時が変わります。「国…

240年目の古事記伝 第九回 世界の創造と神の主体性(産巣日神論③)

高御産巣日神(たかみむすひの神)と神産巣日神(かみむすひの神)とは、タイプの異なる産巣日神(むすひの神)です。それらは独神(ひとりがみ)であり、その働きは、全く個別に考えなければなりません。 唯一無二の存在であるはずの産巣日神(むすひの神)…

240年目の古事記伝 第八回 複数の太陽神(産巣日神論②)

天之御中主神(あめのみなかぬしの神)が、特定の場所、高天原に誕生したことによって、日本以外の神話に見られるような、特定の神を頂点としたピラミッド的な秩序や、一神を中心とした放射状の曼陀羅構造ではなく、高天原に次々に誕生する神々が等しく中心…

240年目の古事記伝 第七回 233文字の構造(産巣日神論①)

ここまで、「天地初発」「天之御中主神」「高天原」と考察を進めてきました。その結果、『古事記』の「天地初発」は、『日本書紀』の「天地開闢」や『旧約聖書』の「天地創造」とは全く異なる世界創生譚であることがあきらかになりました。 それは、天と地と…

240年目の古事記伝 第六回 高天原という思想(「天之御中主神」論②)

「天地はじめてあらはしし時、高天原に成れる神の名は天之御中主神」(天と地だけが始動し、それ以外の世界の構成要素はその存在を明らかにしていない、そんな時に高天原に最初の神があらわれました)という文章から『古事記』は始まります。 天之御中主神(…

240年目の古事記伝 第五回 『古事記』と『聖書』のコスモロジー(「天之御中主神」論①)

『古事記』に最初に登場する神は天之御中主神(あめのみなかぬしの神)ですが、これまでの『古事記』研究では、この神にあまり注意が払われてきませんでした。 『古事記』本文中に最初の1回しか登場してこないので、さして重要な神ではないだろうと思われて…

240年目の古事記伝 第四回 天地、自らの意志(「天地初発」論②)

『古事記』と『日本書紀』は、物語の構造が大きく異なっています。 そのことは、「天地初発」と「天地開闢」の天地の違いに端的に表れています。 この構造の違いを意識することによってはじめて、「天地初発」が表現しているものは何なのかが明らかになりま…

240年目の古事記伝 第三回『古事記』の天地は開闢(かいびゃく)しない(「天地初発」論①)

イザナミ・イザナギの国生みは『古事記』の日本創生譚として知られていますが、世界の始まりはどう書かれているのでしょうか。 有名な「天地開闢(かいびゃく)」は『日本書紀』の世界始まりの描写で、『古事記』本文には「天地開闢」の記述は出てきません。…

240年目の古事記伝 第二回 ロジックで読む古事記(序論②)

『古事記』の世界観は、僅か233文字の漢字で書き表されています。簡潔だからと言って俳句のように読み手のイマジネーションを喚起するような書き方がなされているわけではありません。簡潔を極めたその文体は、むしろ文学的な読解を受け付けません。 明確に…

240年目の古事記伝 第一回 私家版古事記伝(序論①)

インターネットや人工知能など最先端の技術は西欧的な知性と不可分で世界を席巻しています。一方、中国は巨大な市場と労働力という物量でマーケットという世界地図を塗り替えようとしています。その狭間で日本は世界に発信できるようなグランド・デザインを…